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名古屋高等裁判所 平成6年(ネ)946号 判決

控訴人

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

渥美玲子

平松清志

安藤巖

被控訴人

M・S

右訴訟代理人弁護士

大脇雅子

名嶋聰郎

主文

一  原判決を取り消す。

二  本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  事案の概要

原判決三頁一〇行目「M・O」を「O・M」に、同末行から四頁初行にかけての「成立に争いのない甲第一号証の一」を「その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一号証の一」に、同四頁四、五行目「成立に争いのない甲第一号証の一」を「前掲甲第一号証の一」に、同七頁九、一〇行目「約九八〇〇ドル」を「約九万八〇〇〇ドル」に改めるほか、原判決「事実及び理由」欄の第二と同一であるから、これを引用する。

第三  当裁判所の判断

当裁判所は、本件反訴につき、日本の裁判所が国際裁判管轄権を有するものと判断する。その理由は、以下のとおりである。

一  右判断の前提として認定する事実は、次のように付加訂正するほか、原判決の理由説示(原判決「事実及び理由」欄の第三の一の2)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決三一頁初行から同六行目までを「前記(引用にかかる原判決「事実及び理由」欄の第二の一)前提事実に、前掲甲第一号証の一、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一号証の二、第二号証の三、四(いずれも原本の存在及び成立共)、第一二号証及び乙第一三号証の五の一、控訴人の原審における本人尋問の結果により成立の認められる甲第二号証の二(原本の存在及び成立共)、第五号証、第七号証の一、二、乙第一号証及び第八号証の一、二、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第六、第八、第一一、第一四ないし第一七号証、乙第一三号証の一ないし四及び同号証の五の二、三、控訴人の原審における本人尋問の結果、甲第二号証の一の存在並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。」に改める。

2  原判決三九頁四行目から同六行目までを次のように改める。

「(二) 以上の間において、平成三年七月ころ、控訴人の母である乙川夏子が、被控訴人に対し、名古屋地方裁判所に貸金返還請求訴訟(名古屋地方裁判所平成三年(ワ)第二〇五四号事件)を提起し、その訴状副本等の関係書類について、被控訴人の本件本訴提起当時(平成三年五月三〇日ころ)の住所であるカナダ国オンタリオ州〈番地略〉へ送達手続がなされたが、被控訴人は同所に居住しておらず、右関係書類等の送達はできなかった。

そのため、乙川夏子は、右送達の方法に困惑していたところ、平成三年一二月ころ、被控訴人が控訴人に対して親権行使妨害排除仮処分を申し立てたことから、右申立書における被控訴人の住所の記載等により、その住所がカナダ国オンタリオ州〈番地略〉であることを知り、送達先を右住所に変更して、再度送達手続をした。

ところが、平成五年一月ころ、在カナダの日本大使から名古屋地方裁判所に対して、「あて所に尋ねあたらない」「転居先不明」を理由として、右送達ができない旨の報告がなされた。

もっとも、カナダの国内において、被控訴人の加入しているクレジットカードに関する平成五年九月二一日付け文書や同年一〇月に行われる連邦選挙人名簿修正カード等が、右〈番地略〉を住所として被控訴人宛に送達されたことがある。

しかしながら、右住所に存する建物は、デリック・コームなる者が仕事場として賃借し、被控訴人は同人からその一部を転借しているというものであり、同人において、同所に被控訴人宛で送達されてくる郵便物等を受け取ることもあった。

デリック・コームは、平成五年一月ころ、在カナダ日本大使に対し、被控訴人は既に四、五か月にわたり同所に居ないとして、被控訴人宛の手紙を送達しないように通知し、今後も日本から送達される被控訴人宛の郵便物等を受け取らない意向を明らかにしており、未だ右貸金返還請求訴訟の関係書類は被控訴人に送達できない状態が続いている。

ちなみに、平成六年一月二四日に提起の本件反訴は、被控訴人の住所を右〈番地略〉とするものであるが、その関係書類は、被控訴代理人にすべて送達されているため、被控訴人に直接送達されたことはない。」

二  そこで、前記認定の事実を基にして、日本が本件反訴につき国際裁判管轄権を有するか否かを検討する。

1 本件反訴の如きいわゆる渉外離婚訴訟事件について、日本に国際裁判管轄権を肯定するには、当事者間の便宜公平、判断の適正確保等の訴訟手続上の観点から、当該離婚事件の被告の住所が日本にあることを原則とすべきであるが、他面、国際私法生活における正義公平の見地から、原告が遺棄された場合、被告が行方不明である場合、その他これに準ずる場合等、特別の事情の存する場合においては、被告の住所が日本になくても、原告の住所が日本にあれば、補充的に日本に裁判管轄権を認めることができるというべきである。

2  これを本件についてみると、被控訴人は、平成三年一二月一九日、親権行使妨害排除仮処分の申立てをした当時、カナダ国オンタリオ州〈番地略〉を住所として居住していたものであって、その後、平成五年ころにも、被控訴人宛の郵便物等が右住所に送達されたことがあり、さらに、平成三年五月三〇日に被控訴人が控訴人に対し提起した離婚無効確認の訴えに対する予備的反訴として平成六年一月に提起された本件反訴においても、原審反訴被告である被控訴人の住所は右仮処分の申立てに表示されたところにならい右住所とされ、訴訟手続上これといった支障もなく、そのまま審理が継続していることからすれば、本件反訴提起のころの被控訴人の住所はカナダにあり、日本に住所がなかったことは明らかである。

しかしながら、右〈番地略〉の住所はデリック・コームの仕事場でもあって、同人が同所で被控訴人宛の郵便物等を受け取ることもあったこと、また、本件反訴の関係書類は本件本訴における被控訴人の訴訟代理人にすべて送達されていることにかんがみると、右郵便物等や本訴反訴の関係書類が被控訴人の手許に到達していることをもって、直ちに、被控訴人が本件反訴提起のころ右住所に居住していたものと断ずることはできない。

しかして、デリック・コームは、平成五年一月ころ、在カナダの日本大使に対し、被控訴人はカナダの右住所には既に居住していないとして、被控訴人宛の郵便物等の受取りを拒絶する意向を示し、右大使も、乙川夏子の貸金返還請求事件の関係書類の送達について、名古屋地方裁判所に対し、カナダの右住所に被控訴人は居住して居らず、その転居先は不明である旨の送達不能の報告をしていることや、被控訴人は、平成三年五月の本件本訴提起の時から同年一二月の親権行使妨害排除仮処分申立ての時までに転居をしており、住居について不安定な面が窺われるばかりか、転居先の右〈番地略〉の住所についても同所に存する建物は被控訴人の所有するものではなく、比較的容易に転居等が可能な状況にあったと考えられること、そして、未だ右貸金返還請求事件の関係書類は送達できない状態にあることなどを併せ考慮すると、被控訴人は本件反訴提起のころから右住所に居住していなかったのではないかとの疑いを否定できず、その所在は判然としないというほかはない。

3 そうすると、被控訴人は、本件反訴提起の当時から、行方不明とまではいえないまでも、少なくとも常住居所が明らかでないものというべきであるのに加え、現に控訴人(原審反訴原告)を相手方として日本の裁判所に離婚無効確認の訴えを提起し、これが原裁判所に係属中であることが明らかであるから、本件反訴については、訴訟当事者間の公平という基本理念に照らし前記渉外離婚訴訟事件の国際裁判管轄権についてのいわゆる被告主義の一般原則の例外である特別の事情が存するものとして、日本に国際裁判管轄権を認めるのが相当である。

4  被控訴人は、被控訴人の住所の点だけではなく、控訴人と被控訴人の夫婦としての最終居住地はカナダであること、控訴人が被控訴人との離婚をめぐる紛争についてのカナダでの調停中に一方的に未成年の子であるOを連れて日本に帰国したこと、被控訴人は本件本訴において多大の精神的、物質的負担を余儀なくされたことなどの事情があるとして、これらも併せると本件反訴の国際裁判管轄権はカナダに専属する旨主張するが、右事情をもって前記判断を左右することはできない。

第四  結論

よって、日本の裁判所は本件反訴につき国際裁判管轄権を有しないとしてこれを却下した原判決を取り消したうえ、本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上野精 裁判官熊田士朗 裁判官岩田好二)

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